廃絶もの

かねてより、時間を見つけては細々とホームページの地図の更新を続けています。

大村さんの著書から、お店や名所などについての記述を拾い出して、マップにしていく作業です。その作業で「廃絶」というキーワードに出会いました。

地図製作では、情報に大村さんの記述を書き添えているので、普通の観光ガイドでは紹介されないような情報を知ることができます。最近、『京の手づくり』(講談社文庫)の情報追加が終わりました。

地図はこちら → http://oomurashige.com/map/

『京の手づくり』は京都の職人や工芸作家から、もの作りの様子を聞き取りつつ、人物像まで伝えた一冊です。

『京の手づくり』講談社文庫。写真は文庫版です。オリジナルの書籍は昭和49年(1974)発行で、昭和55年(1980)に文庫化されています。

 

同著で大村さんが取り上げたのは以下の36項目。

かんざし、てまり麩、おこぼ、水ようかん、手漉き和紙、伏見人形、いちまさん、椿餅、しんし、型染め、おぼろこんぶ、組みひも、つづれ織、打ち出しのおなべ、手焼きのおせん、しゅろぼうき、晴雨人形、蛇の目傘、葭のすだれ、籐細工、豆平糖、一休寺納豆、お茶碗、耳かき、京だんす、おとうふ、生のお菓子、手機、手描友禅(下絵)、紋、扇(仕立)、すぐき、ししゅう針、焼きいも、いかき、おひつ

 

食もありながら、日用品の職人さんを多く選んでいるのが、大村さんらしい。大村さんは執筆にあたり、最後まで庶民目線を失いませんでした。

本の内容を調査すると、食以上に日用品の多くが失われてしまったことに気付きます。生活様式の変化や安価な輸入品の台頭などによるところが大きいのではないでしょうか。

 

私が調査の中で出会ったのは、”廃絶”なるキーワード。民芸品や日用品、郷土玩具は、時間の流れの中で継承されずに途絶えてしまったものが数多くあります。そうしたものが、「廃絶もの」として、ひとつのジャンルとなっているのです。

『京の手づくり』の中で紹介されている宮崎額平(※)の「晴雨人形」を調べていた時に、当時の製品が、過去にヤフオクで出品されていた記録を見つけました。そこで「廃絶」ジャンルを知り、驚いたわけです。

※宮崎額平はお店の名前です。この界隈に多い額縁のお店で、ご主人がデザインをして製作は奥さんが行っていました。お店は今はありません。

 

晴雨(てりふり)人形について

小屋の中に男女の人形が並んでいて、その日の湿度によって、人形のどちらかが前に出てきます。人形の動きで湿度がわかるというわけです。仕掛けは中に仕込まれた人毛が、湿度で伸縮する性質を利用しているとのこと。

 

お店によっては、すでに発行時点(昭和49年/1974)で職人の高齢化が進んでいるケースや、技術が失われつつある様子も読み取れます。あとがきによると、文庫化までの時間(あとがきでは5年とある)に3人の方が亡くなられたとのこと。

『京の手づくり』で紹介された内藤利喜松商店の、たわし。こちらのお店は健在。同店は「しゅろの品ならなんでもそろう」(とっておきの京都/主婦と生活社)と大村さんが記述しています。

 

ほかに、聞き取りがなされた、いちまさんの人形司・杉山正一さんの日本人形もネット上で見つけました。
https://jmty.jp/osaka/sale-oth/article-76vm8

食のジャンル以上に、日用品・工芸品は途絶えてしまったものが多い。『京の手づくり』以外でも、大村さんは数多くの生活用品について書いていますから、あちこちを調べていると、その事実を突きつけられます。大村さんが危惧していた通り、そうした日常の変化を多くの人は気に留めません。

 

「近ごろはまた、昔のものが見直されてきた。格好だけではなしに、使い勝手を心得た手づくりの品に、作る人と使うものの、心のふれあいがあるからである」(京の手づくり)

 

出版当時から時代が変わり、後継者が先進的な考え方をお持ちのお店もあります。蛇の目傘の日吉屋さんもそんなお店の一つで、現代に馴染む製品を作りながら、昔のものを守っているそうです。一度、廃絶したものは取り戻すことができません。そうなる前に自治体や、関係団体による後継者育成、工房の維持継続への取り組みを願ってやみません。