言語生活 1980年11月号 筑摩書房

『言語生活 1980年11月号』(筑摩書房)を入手しました。

大村しげさんは特集「文章を書く」にて「京ことばと文章」を寄稿しています。
随筆のポイントである、京ことばについては、当時の関係者から大村さんが「京都弁やない、京ことばや」と語っていらしたとの話を聞いたことがあります。

文中では自身が、谷崎潤一郎の文学に浪華言葉が使われているのに影響を受けて、京ことばの文章を書きはじめた経緯や、文筆活動当初の経験が綴られています。

過去の出版社とのやり取りのなかで、京ことばが標準語に正されていたケースが多かったようで、そのことに対するやるせなさも書かれていました。

一方で、主婦の投稿の場を作った劇作家・飯沢 匡(ただす)さん、『暮しの手帖』の連載での大村さんの文体に理解を示した花森安治さんへの感謝の言葉が述べられています。
谷崎にまつわる記述は『静かな京』(講談社)の随筆「安楽寺」にも書かれていますが、彼女のことばについての考えがまとめられている点で、この随筆はわかりやすい。

かねてから「ただのおばんざいの、おばさんやないで」との思いが強い管理人にとっては、文芸専門誌で言葉について語る場に彼女が起用されているのは非常に喜ばしい。

ここからは余談です。この随筆以外にも、さまざまな方が文章、ことばのおもしろさについて書かれていて非常に興味をそそられます。連載「ことばのくずかこ」では新聞や雑誌で見かけたユニークな表現や、間違いだけれど魅力を感じさせることば、勘違いなどがたくさんまとめられています。(例:公民館の看板がコミニュティーセンターとなっている)など。

また巻末の読者と編集部のやり取りでは、大阪大学助教授の前田富祺(とみよし)先生の「ごぞんじについて」と題したコラムを掲載。ごぞんじは「ご存知」と書かない方がよいというものです。徒然草を例に「ごぞんち」「ごぞんぢ」が確定していないとの話から始まり、中世の文学なども交えて、ごぞんじについて考察が行われていました。読者も編集部もアカデミックだけれども、堅苦しいものではなく、興味深く読めてしまう切り口が絶妙です。