ほうらく焼き

昭和52年(1977)、主婦と生活社から『とっておきの京都』というガイドブックが出版されました。同著は、それに先立ち、同社から出版された『だれも書かなかった京都』を、改変、再編集した一冊です。

この本は、秋山十三子さん、平山千鶴さん、大村さんの3名が共同で取材・執筆をしています。このなかで、大村さんは熊彦さんの「ほうらく膳」を紹介。現在、熊彦さんは非常に立派なお店構えですが、当時の記述には「京料理のたん熊が、嵯峨の自宅で開いているお店」とあります。

ほうらく膳の紹介については下記のとおりです。

「卵じめのほうらく蒸しとたき合わせ、小鉢のもの、お吸い物とかやくご飯で、二千円」

「えびやらぎんなんなどが入っていて、蒸したては、それはおいしい。どの味付けにも、手をかけていることは、一口でわかる」

ともに『とっておきの京都』より

 

ずっと気になっていたので、2020年10月、京都出張が入った際、熊彦さんへ出かけてみました。残念ながら、すでに、ほうらく焼きはメニューになく、女将さんらしき方が、ご主人に確認をして、わざわざあとからお電話をくださいました。

嵐山にある熊彦さんの店舗。

ご説明で、器がなくてもう作れないことと、正しくは「ほうらく焼き」ということがわかりました。さらに、「たん熊北店でお出しできるかもしれないので問い合わせてみてください」とアドバイスをいただいたのです。

そのときは時間が残されておらず、その後もコロナ渦でなかなか帰省が叶わないとあって、2022年春まで課題が繰り越しになっていました。今春、たん熊北店さんへ問い合わせたところ、当時と違う器であれば、ご用意いただけるとわかり、お昼に予約をしてようやく訪問することに。

お店周辺の木屋町沿いは桜が満開です。

お店に着くと、出迎えから非常に親切丁寧に対応してくださって、幸せな気分です。着席すると、「ほうらく焼き」の件は、確認するまでもなく承知してくださっていて、お料理の流れの中で「ほうらく焼き」をお出しくださるとのご説明がありました。

20年ほど働いているとおっしゃる料理人の方にお尋ねすると、ほうらく焼きの注文は聞いたことがないとのこと。そのあと、ご主人が、「ほうらく焼き」について丁寧に説明してくださいました。

こちらが、ほうらく焼きです。

ほうらく焼きは、お昼のお料理で、ある程度、おなかの膨れるお料理を、との考えから生まれたそうです。昭和60年頃までは名物料理としてお出しになっていて、かつて東京大丸に店舗がオープンしたときにもラインナップされていて、人気を集めていました。

調理法は、小判型の器に食材を入れたのち、蒸すのではなく、器ごと焼くというもの。玉子と出汁、食材(今回はゆり根やうなぎなど)を加熱すると、茶わん蒸しよりも固く、出汁巻きよりも柔らかい仕上がりに。そもそもは、茶わん蒸しよりも水分が少ない配合です。

器ごと焼くために、使っていると器が割れてしまいます。この器は特注のもので、替えが効かない。また、調理に手間がかかる、時代の変化によって御膳が好まれるようになった、など、さまざまな要素によって、廃番となったのです。

ご説明を聞いて、熊彦さんが、「器がないので作ることができない」とおっしゃった真意がようやく理解できました。

今回のほうらく膳は、柳川鍋でご用意くださいました。手間がかかるものを一人前だけ作ってもらうのを心苦しく思っていたら、ご主人が「こんなことを覚えていてもらえて」と、うれしそうな顔をしてくださって、ほっとしました。

鍋の蓋を開けると、表面に軽く焼き目がついていて、なかはソフト。小さな木のさじですくうと、具材によっていろいろな味の変化が楽しめて、期待以上のおいしさでした。ノンアルコールビール(別料金)もいただいて、最後は抹茶(別料金)を注文。お姐さんが裏千家の先生のお孫さんだそうで、抹茶を手際よく点ててくださいました。

お料理は、どれもおいしくて、盛りつけも器も趣味が良くて、特別な気分を満喫できました。

なにより、ご主人も板場の方も、お姐さんもみなさんが本当にフレンドリーで、実に気持ちの良い2時間でした。また、すぐにでも再訪したい気持ちです。

最後に、今回注文した会席料理「雪」をご紹介します。

前菜。食べ終わった後、お姐さんが葉っぱはわさびなので、すこし味わってみてくださいとおっしゃったので、少しちぎって食べてみました。じわーっと、強すぎない辛みが広がって、気に入りました。
お造り。
海老しんじょうの吸い物。蓋を開けると、木の芽の香りがたちこめて、気分が高揚します。また、真っ黒の塗りのお椀と思いきや、ふたを開けると裏の蒔絵が現れる演出が見事です。
焼き物。
たけのこご飯。こちらもふたを開けると木の芽の香りが広がります。
たきあわせ。
たきあわせの器を御覧ください。春らしさを堪能できました。
水物。